今日の電車に乗ろうとしたら目に飛び込んできた風景。

電車の中の人はもうドコモの話で持ちきり。この辺に業界1位の余裕が見え隠れしているような気がする。auやvodafoneは追いつくべき目標が存在するために、デザインや企画は非常に提案しやすい。あるものはまねてみたり、あるものは他の分野から引っ張ってきたり。その結果、auから出てきたのがLISTMOというiPodをそのまま和製にしたキャンペーン。ドコモが持っていないものを探し出してそれを自社の強みにするというのは比較的簡単な発想で行える。それは、国会で言うならば与党の悪いところをあら探しする野党のようなもので、いざ政権をその野党に譲ったところでその政党はまともな政治など行えるはずがない(そうすぐには)。そう考えると、ドコモの舵取りがどんなに大変かが伺える。自社の立てた方針というのが標的にされるのは間違いないのだ。いい企画はすぐに真似され、悪い企画は差別化の対象とされる。そして1位というプライドからそう簡単には他社のサービスを真似ることは出来ない。
少し以前まで、日本という国自体が2番手のイメージがあった。発想のほとんどが1番手をいくアメリカなどの国からインスパイアされており、独自の発想といえるものは少なかった。企画を出せと言われたら、英字新聞を翻訳して、さも自分が思いついたかのように提案する人も多かったのではないか?しかし、インターネットが発達した現在ではアメリカ初のデザインやイメージもすぐに世界中の知るところとなってしまう。音楽業界で盛んに議論されるパクリ疑惑もそんな現状を知らないアーティストが軽い気持ちでまねしてしまっているところに原因があるのではないか?
インターネットが発達した現在、全てが便利な方向へ進んでいるわけではなさそうだ。自分だけが知らない情報が少なくなるなかで自分らしさを表現するとと言うことがいかに大変か。自分の考えを持たなかった国や人にとっては大きな障壁として現れるのではないだろうか?
よく、企画をする者の間で「分からないようにパクれ」と言われることがある。何についてもゼロからの発想というものはあり得ない。全ての発想が過去の記憶や新しい刺激による組み合わせによるものであると思う。その中で「分からないように」という部分が非常に狭くなってきているのだ。インターネットという存在のために。
Posted by とがの at 2006年03月05日 13:52 | コメント (2) | はてなブックマーク

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